2019年12月14日土曜日

朝鮮人街道 鳥居本~安土(の手前)

朝鮮通信使が江戸に赴くときに中山道から少し琵琶湖側に近いところを通った街道を朝鮮人街道と言います。

中山道が一般人が使う街道であったのに対し、この街道は将軍の上洛か朝鮮通信使のみが使用することを許されていた道だったのです。

朝鮮通信使は室町時代から、文字通り正式な国家間のコミュニケーションの手段として使われていたのですが、その道中では人々との触れ合いの場でもありました。

文禄・慶長の役で一時期途絶えたものの、江戸時代に再開し、11代将軍の徳川家斉まで続きました。

中山道の野洲宿と鳥居本宿の間が別ルートになるので、鳥居本駅からスタートです。
ちなみに中山道の醒ヶ井から米原に行き、彦根に抜けて鳥居本に行くルートはこちらの記事で。

こちらが今回のルートです。朝鮮人街道の距離が約40Kmで二日に分けるとちょうどよく、安土駅あたりが真ん中あたりなので、安土駅を今日のゴールに考えていたのですが、結果的に安土駅の手前の能登川駅がゴールになりました。


京都駅から途中で近江鉄道に乗り換え、鳥居本駅へ。近江鉄道の車両がアニメ化していて妙な感じでした。


さびしい駅についたのがお昼の12時。誰もいない駅舎で、持参のおにぎりを食べる。
今年は12月になっても身をさすような寒さはありません。


専宗寺。


このあたりが鳥居本宿です。


この道を右に曲がると朝鮮人街道への分岐。
まっすぐ行くと中山道。



こちらが広重の絵図なのですが、違いすぎてどこなのか想像がつきません。琵琶湖がすぐ先に見えたのでしょうね。その先は比良山系なのかな。


分岐してからは、ラブホテル街を通ってトンネルを抜けます。


トンネルの先には佐和山城跡があります。鎌倉時代に建てられたお城で、三成が入城していた。


遠くに見える彦根城の方向に向かいます。


護国神社が外堀にあります。



お堀の大きさは二条城くらいかな。



このあたり、夢京橋キャッスルロードという名前で、昔風の街並みにショッピングやレストランがあって、楽しそうな空間になっています。


彦根の名店、親玉のお店があったので、よもぎ餅を買いました。

ひこにゃんショーをやっていました。平和です。


朝鮮通信使の宿として使われていたという宗安寺(そうあんじ)に立ち寄ります。
井伊直政が佐和山城から移築した赤い門が目立つので、赤門と呼ばれています。


奥にあるこの絵が通信使の像とされていますが、本当は誰の絵なのかよくわからないそうです。


表情をよく見ると、眉毛の感じや優しそうな目から、とても人の好さそうな朝鮮系の人に見えます。



通信使を描いた本が置いてありました。数十頁がずっと通信使の絵で、ものすごく長い行列であったことに驚きます。



宿泊した通信使が眺めたであろうお庭。



宗安寺を後にして、県道206号に出るあたりが銀座街という商店街になっていますが、人影はまばら。抽選イベントで家族相手にガラガラを回していたおじいさんが、わびしくも微笑ましい。


206号線沿いに歩きます。冬は日が短い。


お地蔵さんが寄せ集められています。信長が比叡山など焼き討ちにした寺から運んできた地蔵を建築資材にしたものがあとで発掘されて祀られるケースが多いですが、これもそうかな。


醒ヶ井の水と並んで名水百選に選ばれている十王村の水。驚くのはその豊富な水量。地元の方が汲んでおられました。名水のある所に住むというのは、幸せだと思います。


遠くに見える荒神山がここから向かうところです。


GoogleMapで見るとこんな感じ。右上が琵琶湖です。


甘露の名水と言われる場所ですが、水量が少ない。
こちらで、夢京橋キャッスルロードの親玉で買ったよもぎ餅を、持参のサーモスのお湯でいれたアツアツのお茶でいただく。疲れが和らぎます。


なにやら昭和っぽい商店。


荒神山が近くにせまってきました。284メートルなので、山というか丘陵。


このあたりでパラパラと雨に遭う。


登る時間がないので登山口を見るだけ。
山頂にある荒神山神社は、火産霊神(ほむすびのかみ)で、火の神様なので、かまど、つまり台所、さらに言えば、家内安全のご利益があるそうです。



荒神山神社への道標。


さて、次の目標は、繖山。これで、「きぬがさやま」と読む。「きぬがさ」とは身分の高い人が頭上に掲げた傘を意味するとのこと。

近江の頭上の傘、ということなのでしょうか。433メートルの高さがあるので、山と言ってもよい、存在感があります。


5時頃になると、もう日が暮れてきます。


GoogleMapで、右下が荒神山、左上が、繖山。


繖山への朝鮮人街道は、県道2号線なので、県道をひたすら歩きます。


日が暮れてくるし、県道歩きで正直つまらない。


2万歩ほど歩いたあたりで、暗くなってきたし、このあたりで本日は終了にすることに。


JR琵琶湖線の能登川駅。失礼ながらこんな場所にしては立派な駅です。夜景が映えてなかなか美しい。


2019年11月23日土曜日

御在所岳

御在所岳は、鈴鹿山脈を代表する鈴鹿セブンマウンテンの一つです。セブンマウンテンの場所を調べてみましたが、全体的に三重寄りの稜線沿いに並んでいます。今回の御在所岳以外はまだどこにも登頂しておりません。藤原岳のすぐ北西にある御池岳や、霊仙山には登りましたが、セブンマウンテンのメンバーには入らせてもらえていない模様。



この地形図を見ると鈴鹿山脈の稜線が確かに三重寄りなのが確認できます。北部と南部は石灰岩質でなだらかな地形の一方、中央部は花崗岩質だそうです。
確かに御池岳や、霊仙山、またその先の伊吹山も石灰質でした。中央の花崗岩は巨大カルデラで生成された湖東流紋岩です。


御在所岳の由来ですが、倭姫命(やまとひめのみこと)が、大和から伊勢に天照大神の神霊を還しに行く際、この山に立ち寄り、頓宮(とんぐう)としたことから来ているそうです。頓宮とは一時的な宮を意味します。

御在所岳は、一言でいえば、「ALL ROCK」。最初から最後まで岩ばかりで、樹々の間を軽快に歩くような部分はほぼありません。とは言え、大峰山ほどのリスキーなロープ場やハシゴ場はなく、体力は要りますが初中級者であれば登ることは可能です。

登山ルートですが、国道477号線沿いに幾つか登山口があり、一番近いのは、武平峠からのルートになりますが、今回は湯の山温泉方面から登ります。

大きく分けて、表道、中道、裏道と3コースがありますが、今回は中道を登り、裏道を下ります。


今回は、いつもの三人組パーティーで、S氏の車に同乗し、蒼川駐車場に停め、8:20分に出発。


駐車場のすぐ奥から出発です。



ここから国道477をしばらく歩きます。東から西を見た図。


もうここから、御在所岳の山頂が望めます。岩だらけのにおいがプンプンします。


湯の山温泉街は、予想していた以上にホテルや旅館が多いです。でも、歓楽街的な感じではない。以前は湯が枯渇したり、宿がさびれた時代もあったそうですが、近鉄が湯の山線を開通してからレジャー客が増えたとのことです。


三浦川支流。紅葉がきれい。


浸食されたというよりは柱状節理のように見える。


いい天気です。青空をバックに真っ赤なロープウェイが絵になります。ロープウェイとゴンドラの違いは何?という話題になりましたが、ロープウェイは輸送用機器を支持するロープと牽引するロープが別のもの、ゴンドラリフトは、同じロープであることが違いです。


国道477から中道ルートの登山口に入ります。








ロープウェイの真下にきました。お互い手を振りあいますが、向こうは楽勝、こっちはゼーゼー。


ちょうどこの辺ですね。まだまだです。


そんなに多くはありませんが、ところどころに鎖場があります。足場となるような鉄枠が岩に打ち込まれているのが登りやすいです。


だんだんロック度が増してきます。



奇岩の一つ、おばれ岩。「暴れ」ではなく、おんぶされるように傾いているから、「負ばれ」のこと。



この緑がかった岩を見て、ブラタモリでやっていた緑色凝灰岩を思い出しました。凝灰岩は火山灰なので、花崗岩質の御在所岳にはないのでしょうが、もともと花崗岩はマグマの冷却作用でできた岩で、鉱物が多いのでこういった色になるのでしょう。


岩から岩へ渡り歩く人々。御在所岳がこんなに人気の山だとは知りませんでした。


これが、御在所岳の奇岩で最も有名な地蔵岩。指でつまむ写真を撮ろうと何度もシャッターをきり、他の人の迷惑になりました。スミマセン。あまりにアホな写真なので掲載しません。


少し登ったところのベストショット。自然が演出した偶然。昔の人は神様が岩を載せたと信じたのでしょう。無理もない。


こうして見るとかなり危なそうですが、大丈夫です。



しかし、こうして見ると、よく登れるもんだと思います。


樹々の向こうに越えてきた岩場が見えます。


中道を進みます。休まることない、ロック&ロックです。




すこしガスってきました。ロープウェイを見下ろす地点。


ここを越えたあたりで、昨夜飲み会で行った向日町激辛商店街のレベル5の豚キムチが悪さをしたのか、腹痛に襲われましたが、S氏が持っていたストッパーでなんとか救われました。ありがとうございます。



ロープウェイ山上駅近くの一般道に到着。


お不動さんの像のあたりで、またしても腹痛に襲われ。再度ストッパーを飲んで、なんとか山上駅のトイレまでもたせます。


トイレに救われたものの、まだ余韻が残り、あまり食欲がありません。写真は、S氏とN氏が注文した名物カレーうどん。美味しそうにすすっていました。


さて、山上駅から頂上まではスキー場になっていて、一般客はリフトでスイーっと移動しますが、我々は勿論徒歩




頂上での記念写真。私だけ少しやつれ気味。


北方向を望む。釈迦ケ岳、竜ケ岳、藤原岳と右側を巻くようにセブンマウンテンが続きます。写真ではわかりませんが、ずうっと先には伊吹山らしきものも見えました。


これがGoogleMap。一致しています。





さて、帰りは裏道ルートです。裏道ルートは駐車場のある青滝方面につながるルートで、中道のように巨大な岩を登ったりすることはないのですが、基本、三滝川の源流の沢沿いなので岩だらけであることには変わりありません。



蒼滝につながる沢なのですが、やはり光線の加減か、なんとなく青いです。





このルートは、急峻な岩山が背景に見れるのが醍醐味です。



藤内壁にいくルート。ロッククライマー以外は立ち入り禁止。



積石です。ロッククライミングで命を落とした人たちに対してでしょうか。



大きな河原に出てきました。どうやらこのあたりは、平成20年の集中豪雨で発生した土砂崩れによって出現した河原のようです。


ロッククライマーがいます。アンカーはすでに打ち付けてあるものの、オーバーハングもあり、かなりキツそうです。



山の頂上を見ると、岩が生えているように見えます。


これもベストショット。急峻な岩山が屏風のようです。



藤内小屋。土砂崩れには埋まらなかったものの、営業はしていないようです。


少し行ったところの別の小屋は営業しており、にぎわっていました。


渡し梯子もいくつかあります。



変わった形の砂防ダム。鋼製スリット堰堤(えんてい)という砂防ダムの一種で、土石流と流木を防ぐ。


ここにも数台車を停められるみたいです。


裏道ルートを蒼滝不動尊までやってきました。


蒼滝不動尊にあった案内図を見て、S氏が、蒼滝から蒼滝駐車場に行きたいと言うので、向かうことにしました。後で思えば、この案内図にしっかりと、「通行禁止」と書いてあるべきだったのです。


蒼滝は険しい岸壁を伝うようにながれる水流が美しく、名前の通り滝壺は蒼い。




ここから、写真は撮らなかったのですが、あるべき滝見橋は跡形もなく崩れ去っていました。滝見橋の先に、以前は「せせらぎ」という名前の茶屋が、廃墟になっていました。

平成20年の集中豪雨の被害だったようです。

S氏はそれでも蒼滝駐車場まで沢沿いに行くという強い意志を示すので、廃墟になった茶屋の屋根まで登り、裏道を探しましたが無駄に終わり、沢からは肘をケガしたS氏が戻ってきました。で、結局、元の道を引き返し、湯の山温泉沿いに蒼滝駐車場に戻りました。