(日野山を眺めつつ都を想ふ紫式部の図)
日本海の若狭湾沿いの山々シリーズも随分いろいろ登ってきましたが、今回は越前武生市にある日野山(794m)に登ります(地図の右端)。
日野山(ひのさん)は、越前富士と言われるきれいな山容をしている人気の山で、紫式部が歌に詠んだことで有名です。
距離は今まで登った山々から遠いのですが、北陸道を使えば時間はそんなにかかりません(と言って運転してもらったのだけど...)。
登山ルートを示します。約4時間半の山行で、距離は8km弱、累積標高は770mです。
優雅な山容だけあって急坂はなくて基本的に登りやすいのですが、テープが少なくサブルートが多くて何度も間違えました。
あと、8合目辺りから登山道自体が岩質になるので滑りやすいのは要注意です。
頂上は景色はありませんが、頂上近くにビューポイントがありお弁当スポットになっています。残念ながら日本海は見えませんが、北北東に向かう越前の町並みが見通せます。
朝9時半に日野神社の駐車場に車を停めて登山口に向かいます。駐車場は登山客にも無料と書いてあるので良心的です。
人気の山だけあってそれなりの数の車が停まっていました。
日野神社の参道脇にある地蔵仏。
日野神社の境内に入ります。
社殿の脇道が登山道になっている。
境内に砲弾の石碑があったので彫られた説明を読むと日露戦争時の戦利品の本物の砲弾だったのが、太平洋戦争時の金属供出で提供され、石碑に代わったようです。

日野神社の先の登山口から15分ほど行くと林道のような道にハシゴがかかっています。優雅な山容のイメージなので「ハシゴ?それはないだろう」と思い、周りをウロウロしましたがどうやら登るようなので登りました。
ちなみに帰りは知らずに違う道を歩いてハシゴの下に出てきます。
途中で舗装された道がでてきます。しかも間に石畳風に施していて凝っている。山道は舗装道をショートカットするような道(右上)。
途中に室堂がありお不動さんの像がある。中央やや右下の銅板に「三宝荒神経」の功徳が書かれています。いわゆる「荒神(こうじん)さん」ですが、あらためて調べてみると、山岳信仰に関係した荒々しい神さまでした。
10月初めの季節がらクリの実がいっぱい落ちていました。ほとんどは食べられた跡ばかりですが、相棒が手つかずのクリの実を見つけました。
イガに注意しながら中の実を取り出してかじってみると、苦くなく、たんぱくで滑らかなお味でした。今年はどうやらクリは豊作のようで、熊さんたちも飢えて危ない思いをして人里に降りずに済めばよいと願います。
登山口から約2時間、山頂付近にある日野神社の奥の院の鳥居に出てきました。
さきほどの宿坊から少し行ったところにビューポイントがありました。ここには立派な倉のようなものが建っています。
今回からスマホがiPhone 18 Proに変わっています。これまで4年間、iPhone 14 Proを使っていて特に不満もなかったのですが、カメラ性能がかなり向上しているようなので思い切って買いました。
奥の院には宿坊か室堂のような立派な建物がありました。帰りは煙が上がっていて護摩焚きをしているようでした。
奥の院の社殿。無事に登れたことに感謝します。奥の院は江戸時代初期の寛永年間に三社建てられたものを昭和後期に浄財により、一社に合わせて改築したと書いてあります。
山頂の神社としてはなかなか立派な造りだと思います。
さきほどの社殿のわきに「標高795米」と記されていましたが、ヤマレコ上ではココが山頂になっています。ここも795m。景色も座る場所もないので、ここでは弁当はできない。
今回からスマホがiPhone 18 Proに変わっています。これまで4年間、iPhone 14 Proを使っていて特に不満もなかったのですが、カメラ性能がかなり向上しているようなので思い切って買いました。
頂上からは残念ながら日本海は見えませんが、北東に延びる越前の景色が見通せます。
上下に延びているのが北陸道で、北陸道を中央で斜交いに通っているのが新しく開通した方陸新幹線です。中央左が新設の北陸新幹線の武生駅です。
景色を楽しんでランチを終えて下山しましたが、意図せず沢ルートに行ってしまいます。弁慶がエイヤっと岩を三枚おろしにしたという伝説。
新幹線の武生駅をズームしてみました。まだ出来たばかりで周りは田んぼに囲まれていますが、これから駅の周りに住宅が建ってくるのでしょうね。
となりのビルは村田製作所。武生一帯の繁栄状況を左右しているとか。
さらにズームしてみますが、このレベルでもまだ比較的クッキリ写っているのに驚かされます。4年間の進歩は馬鹿にできません。
西側に下山後訪ねる予定の紫式部公園を探します。中央の武生第二中学校の後ろ辺りにあるはずです。
ズームすると紫式部公園がはっきりわかります。赤丸の部分が紫式部の金色の像です。完全に筆者の肉眼の視力を上回っていて望遠鏡代わりになります。
実は本日の登山の前に、iPhone 14 Pro と iPhone 18 Proのカメラ性能比較をやったので、参考までにそれも掲載しておきます。
改めて iPhone 14 Proも頑張ってるなと思いますが、クッキリ感と色の乗り方が俄然違います。
相棒と弁慶の出身地はどこか?という話になった。彼は京都だと言っていたが、吉川英治の小説だと確か紀伊の方だったような気がする。いずれにせよ実在の人物かどうか分からないようです。

日野山は紫式部のイメージでしたが、実は岩質の山です。
調べてみると中生代の流紋岩でした。花崗岩かと思いましたが、古い火成岩なので、山頂付近を残して風化して優雅な山容を作りだしたのでしょう。

下山後駐車場に向かう途中で振り返りましたが、正直どれが日野山かよくわかりません。「越前富士」といった独立峰のイメージではありません。
Google Earthの3Dで見てみるとどうやら矢印の方角から見た時だけ「富士」に見えるようです。ちょうど富士に見えるところに紫式部公園があります。
山頂からのズームで見えていた紫式部像。金色なのはちょっと平安時代のイメージと違うような気がします。
紫式部は父の藤原為時が越前国司に任命されたので、父に同行して国府で2年間過ごします。
像の下にあったレリーフは父と一緒に琵琶湖の塩津から木の芽峠を越える様子を描いています。
紫式部が日野山を詠んだ歌がこれです。小塩山は春のカタクリがきれいな京都の山ですが、日野山の雪をみて、京の都を思い出している歌です。
「暦に初雪降ると書きつけたる日
目に近き日野岳といふ山の雪、いと深くみやらるれば
ここにかく 日野の杉むら 埋(うづ)む雪
小塩(をしお)の松に 今日やまがへる」

































