2026年10月3日土曜日

【越前】日野山(それと iPhone 14 Pro vs iPhone 18 Proカメラ性能比較)

 (日野山を眺めつつ都を想ふ紫式部の図)


日本海の若狭湾沿いの山々シリーズも随分いろいろ登ってきましたが、今回は越前武生市にある日野山(794m)に登ります(地図の右端)。

日野山(ひのさん)は、越前富士と言われるきれいな山容をしている人気の山で、紫式部が歌に詠んだことで有名です。

距離は今まで登った山々から遠いのですが、北陸道を使えば時間はそんなにかかりません(と言って運転してもらったのだけど...)。


登山ルートを示します。約4時間半の山行で、距離は8km弱、累積標高は770mです。

優雅な山容だけあって急坂はなくて基本的に登りやすいのですが、テープが少なくサブルートが多くて何度も間違えました。

あと、8合目辺りから登山道自体が岩質になるので滑りやすいのは要注意です。

頂上は景色はありませんが、頂上近くにビューポイントがありお弁当スポットになっています。残念ながら日本海は見えませんが、北北東に向かう越前の町並みが見通せます。


朝9時半に日野神社の駐車場に車を停めて登山口に向かいます。駐車場は登山客にも無料と書いてあるので良心的です。

人気の山だけあってそれなりの数の車が停まっていました。



日野神社の参道脇にある地蔵仏。


日野神社の境内に入ります。


社殿の脇道が登山道になっている。



境内に砲弾の石碑があったので彫られた説明を読むと日露戦争時の戦利品の本物の砲弾だったのが、太平洋戦争時の金属供出で提供され、石碑に代わったようです。



日野神社の先の登山口から15分ほど行くと林道のような道にハシゴがかかっています。優雅な山容のイメージなので「ハシゴ?それはないだろう」と思い、周りをウロウロしましたがどうやら登るようなので登りました。

ちなみに帰りは知らずに違う道を歩いてハシゴの下に出てきます。



途中で舗装された道がでてきます。しかも間に石畳風に施していて凝っている。山道は舗装道をショートカットするような道(右上)。



途中に室堂がありお不動さんの像がある。中央やや右下の銅板に「三宝荒神経」の功徳が書かれています。いわゆる「荒神(こうじん)さん」ですが、あらためて調べてみると、山岳信仰に関係した荒々しい神さまでした。



10月初めの季節がらクリの実がいっぱい落ちていました。ほとんどは食べられた跡ばかりですが、相棒が手つかずのクリの実を見つけました。

イガに注意しながら中の実を取り出してかじってみると、苦くなく、たんぱくで滑らかなお味でした。今年はどうやらクリは豊作のようで、熊さんたちも飢えて危ない思いをして人里に降りずに済めばよいと願います。



登山口から約2時間、山頂付近にある日野神社の奥の院の鳥居に出てきました。



奥の院には宿坊か室堂のような立派な建物がありました。帰りは煙が上がっていて護摩焚きをしているようでした。



奥の院の社殿。無事に登れたことに感謝します。奥の院は江戸時代初期の寛永年間に三社建てられたものを昭和後期に浄財により、一社に合わせて改築したと書いてあります。

山頂の神社としてはなかなか立派な造りだと思います。



さきほどの社殿のわきに「標高795米」と記されていましたが、ヤマレコ上ではココが山頂になっています。ここも795m。景色も座る場所もないので、ここでは弁当はできない。



さきほどの宿坊から少し行ったところにビューポイントがありました。ここには立派な倉のようなものが建っています。



今回からスマホがiPhone 18 Proに変わっています。これまで4年間、iPhone 14 Proを使っていて特に不満もなかったのですが、カメラ性能がかなり向上しているようなので思い切って買いました。

頂上からは残念ながら日本海は見えませんが、北東に延びる越前の景色が見通せます。

上下に延びているのが北陸道で、北陸道を中央で斜交いに通っているのが新しく開通した方陸新幹線です。中央左が新設の北陸新幹線の武生駅です。



新幹線の武生駅をズームしてみました。まだ出来たばかりで周りは田んぼに囲まれていますが、これから駅の周りに住宅が建ってくるのでしょうね。

となりのビルは村田製作所。武生一帯の繁栄状況を左右しているとか。



さらにズームしてみますが、このレベルでもまだ比較的クッキリ写っているのに驚かされます。4年間の進歩は馬鹿にできません。



西側に下山後訪ねる予定の紫式部公園を探します。中央の武生第二中学校の後ろ辺りにあるはずです。



ズームすると紫式部公園がはっきりわかります。赤丸の部分が紫式部の金色の像です。完全に筆者の肉眼の視力を上回っていて望遠鏡代わりになります。



実は本日の登山の前に、iPhone 14 Pro と iPhone 18 Proのカメラ性能比較をやったので、参考までにそれも掲載しておきます。

改めて iPhone 14 Proも頑張ってるなと思いますが、クッキリ感と色の乗り方が俄然違います。



北東方面には白山があります。本日はかなり見通しは良い方だとは思いますが、あいにく雲の筋が白山の姿を邪魔していました。



景色を楽しんでランチを終えて下山しましたが、意図せず沢ルートに行ってしまいます。弁慶がエイヤっと岩を三枚おろしにしたという伝説。

相棒と弁慶の出身地はどこか?という話になった。彼は京都だと言っていたが、吉川英治の小説だと確か紀伊の方だったような気がする。いずれにせよ実在の人物かどうか分からないようです。



日野山は紫式部のイメージでしたが、実は岩質の山です。

調べてみると中生代の流紋岩でした。花崗岩かと思いましたが、古い火成岩なので、山頂付近を残して風化して優雅な山容を作りだしたのでしょう。



下山後駐車場に向かう途中で振り返りましたが、正直どれが日野山かよくわかりません。「越前富士」といった独立峰のイメージではありません。



Google Earthの3Dで見てみるとどうやら矢印の方角から見た時だけ「富士」に見えるようです。ちょうど富士に見えるところに紫式部公園があります。



紫式部公園に立ち寄ってみると、「越前富士」が見えました。



山頂からのズームで見えていた紫式部像。金色なのはちょっと平安時代のイメージと違うような気がします。

紫式部は父の藤原為時が越前国司に任命されたので、父に同行して国府で2年間過ごします。



像の下にあったレリーフは父と一緒に琵琶湖の塩津から木の芽峠を越える様子を描いています。

紫式部が日野山を詠んだ歌がこれです。小塩山は春のカタクリがきれいな京都の山ですが、日野山の雪をみて、京の都を思い出している歌です。

「暦に初雪降ると書きつけたる日 
目に近き日野岳といふ山の雪、いと深くみやらるれば 
ここにかく 日野の杉むら 埋(うづ)む雪
小塩(をしお)の松に 今日やまがへる」



像の後ろにまわって本日のベストショット。日野山を眺めつつ京の都に想ひを馳せる紫式部の図です。



相棒おすすめの蕎麦屋さんに行きます。「うるしや」というお店で、江戸時代後期に漆売りから始めて蕎麦屋に転身したそうです。

今月後半に北国街道歩きを予定しているので、多分この道か、近くを通るはずです。越前の国府は北国街道では武生宿になりました。



お昼の定食。蕎麦と天麩羅、鯖寿司のセットです。そばつゆは醤油が少なくて大変あっさりしたお味でした。



うるしやの中庭です。iPhone 18 Proはズーム性能も確実に進化していますが、質感が本物のカメラと見分けがつかないレベルになったなと思います。



【追記】

日野山で拾ったクリの実で栗ごはんにしました。栗ってむくのがこんなに大変なんだと改めて思いました。八ツ頭のイモの皮はもっとむくのが大変でしたが。

まだ渋皮が残っています。




2026年9月1日火曜日

木曽駒ヶ岳

今年の夏から各地で気温40度超えの報告が珍しくなくなってきました。

先月の霧ヶ峰に続いて、避暑もかねて夫婦のんびり登山旅で今回は木曽駒ヶ岳に行きます。

木曽駒ヶ岳は中央アルプスの最高峰(2956m)でほとんど3千メートルの高山ですが、ロープウェイがあり、一気に2600mまで登れてしまいます。


木曽山脈の山に登るのは今回が初めてですが、中山道歩きで木曽路を歩いた時はずっと木曽の山々を眺めていました。下の写真は木曽川沿いの阿寺渓谷から眺めた木曽の山々の写真(2024年11月)。



今回ものんびり旅行なので、車で木曽駒ヶ岳の麓にある旅館に前泊します。「ホテルやまぶき」という宿。中央道の駒ヶ根インターから驚くほど近い。

早太郎温泉という名前が付いていて、「早太郎」はこの地の伝説で、村の娘を生贄にする怪物のヒヒを退治した勇敢な犬の名前です。


夕食は岩魚酒を頂きました。焼いた岩魚が一尾まるごと入っていて野趣味を楽しみました。

楽ちん登山の前日なので緊張感がないですね。



翌日、朝食をいただいてから、伊那バスの駒ヶ岳ロープウェイ線に乗車します。

ロープウェイ乗り場まではマイカー規制になっていてバスに乗らないと行けません。我々は旅館の駐車場に車を停めたままバスに乗りましたが、マイカーで来る場合は菅の台バスセンターで駐車してバスに乗り込むことになります。

一車線の道を運転手同士が連絡を取り合いながら時折り離合して約30分、「しらび平」バス停に到着、そこでロープウェイに乗り込みます。時間は9時です。

このロープウェイは高低差950m、到着の千畳敷駅の標高は2612m、いずれも日本一だそうです。

ロープウェイの企画時は、山脈の反対側の木曽路からロープウェイを敷設するつもりだったらしい。地元の大反対にあってこちら側になりました。


ロープウェイを降りた千畳敷駅では、いきなりこの絶景!異世界感がたまりません。

千畳敷駅にはホテルがあり、最初はここに泊ろうと思っていたのですが平日も全部予約で埋まっていました。


千畳敷カールのアップの写真。このえぐれている地形がカール(圏谷)で2万年前の氷河期の時に氷河によって削られて形成されました。

左端の尖った山容が宝剣山ですが、木曽駒ヶ岳の頂上ではありません(20mほど低いだけ)。頂上はあの少し奥にあってここからは見えません。



登山ルートを記します。ロープウェイ駅から最高峰までいって元に戻るだけのルートですが、ロープウェイ駅近くには少し迂回するコースがあり、帰りに通ると、千畳敷カールと剣ヶ池の景色を見ることができました。

距離4km、累積標高470mを約5時間かけてのんびり歩きました。ただ、登山道は基本的に全部ガレ場なので歩きやすくはないです。ほぼ3千メートル級の山の8合目なのでそもそも歩きやすいわけがありません。



ヤマレコの3D表示がわかりやすいです。千畳敷カールの底にロープウェイ駅があり、カールの傾斜を逆行するように登った縁にあるのが乗越浄土。

乗越浄土からさらに奥に進んで一つ目のピークが中岳で、二つ目のピークが駒ヶ岳最高峰というわけです。



ロープウェイ駅から登山口に入るところにある神社に登山の安全を祈ってから後ろの山に向かいます。

ちなみにこの神社から反対の南方向に8時間ほど行くと空木岳(うつぎだけ、2864m)に行けます。



歩き始めると、高山に急に上がってきたせいで息が苦しい。それでも30分ほどで慣れました。



ここからカールに逆行して真っ直ぐ登って行きます。ガレ場ですが整備されているのでロープ場、ハシゴ場はありません。



タカネ(高嶺)トリカブト。



もうすぐお椀(カール)の縁にたどり着きます。



登り始めて約1時間で乗越浄土にたどり着きました。すぐそばに宝剣山荘がありソフトクリームが売っていました。



北の進行方向に見えるのは天狗荘と中岳です。



ここから宝剣岳までは片道20分ほどの距離なので筆者一人でササっと行ってこようかと思ったのですが、かなり険しそうなのでやめときました。



これは下山時に撮った写真。頂上でポーズを決めている人がいます。見ているコッチの足がすくむ。




天狗荘の手前から中岳をながめる。天狗荘は宿泊設備だけで食堂やお土産はさきほどの宝剣山荘だけです。



地べたに置いて行儀悪いのですが、おやつタイム。



振り返って東側を見ると伊那前岳(2884m)が見えます。伊那前岳は宝剣岳よりも遠いのですが、尾根道で歩きやすそうなので乗越浄土から片道20分の距離です。




途中で見かけた岩塊。花崗岩なのでしょうが、先の方は細くたわんでいて岩に見えない。



乗越浄土から40分ほどで中岳につきました。



中岳から50mほど下って、再び50mほど登ったところが木曽駒ヶ岳の山頂です。途中にある青い屋根が頂上山荘。こちらは食堂やお土産もあるようです。手前がテント場になっていて、テントもちらほら。



このあたりは運が良ければ雷鳥を見ることができるそうです。一時は絶滅かと言われましたが、中央アルプスで200羽ほど確認されているようで良かったです。

これは宝剣山荘にあった雷鳥の写真です。親鳥とヒナが一緒に写っています。



頂上の駒ヶ岳神社が見えてきました。



中岳から40分ほど、登山開始から2時間15分でようやく頂上に到着。



頂上はギザギザの宝剣岳とは全く違って広々しています。ただしガスっていて景色が見れません。



駒ヶ岳神社に無事に登れたことに感謝します。




ちょうどお昼になったので、カップラーメンを食べましたが持参したお湯が足りずにスープが塩辛かった。


時折りガスが晴れるも、中岳までしか見えず。



名前の通り岩の隙間に咲いていたのがイワツメグサ。



西方向に頂上木曽小屋がありますが、晴れていればずっと先に御嶽山が見えるはずです。



去年、御嶽山に登った時の写真ですが、木曽駒ヶ岳を含む木曽山脈がきれいに見えました(2025年9月)。
こんな風に見えれば良かったのですが、まぁこればっかりは仕様がない。



40分ほど頂上でのんびりしてから下山しました。ロープウェイ駅と千畳敷ホテルが見えています。



ウメバチ(梅鉢)ソウ。



これも高山植物のハクサンボウフウ(白山防風)。「防風」なのは代謝を促す漢方薬の防風に香りが似ているからだそう。



鮮やかな赤色の実はナナカマド。これは高山じゃなくても秋の名物ですね。




カールを下りてきたところで、迂回ルートを行きます。見上げるとガリガリ氷河に削られたお鉢の縁があります。



この綿毛みたいなのはチングルマ。初夏は白い5枚の花弁が可憐なのですが、秋にはこのように変身します。でも、名前の由来はこの綿毛姿が稚児をあやす車のおもちゃに似ているから。



迂回ルートの最後の方に剣ヶ池が出てきて、千畳敷カールと一緒に鑑賞することができます。



14時20分の臨時便のロープウェイに乗って、帰りのバスに乗車しました。ちなみに最終便は17時です。



登山を終えて、翌日、紙すきの町を訪ねる予定なので、岐阜県美濃市に泊ります。地図でいうとこの辺です。駒ヶ根ICから中央道を進み、土岐(とき)ICで東海環状道路に乗り換えて約2時間。

美濃は昔の国名です。戦国時代は斎藤道三で有名ですね。美濃国と飛騨国を合わせたのが今の岐阜県の地域です。



マリオットホテル経営のフェアフィールドというホテルに泊まりました。ここは値段が安い割に部屋が広いし清潔で機能的で長期滞在もできそうなホテルでした。さすが世界最大のホテルチェーンだけある。

夕食は近くのお寿司屋さんに出前を注文して部屋でのんびり過ごす。


美濃和紙の里は長良川沿いにあり、会館では紙すき場の様子が見学できます。

これを見ると、和紙の生産地は全国にあったことがわかります。

そのなかでも、現在、ユネスコ無形文化遺産に登録されているのが、越前、美濃、島根、埼玉です。4カ所のなかでも最も有名なのが越前と美濃です。

越前に比べて美濃は一般層向けの広まり、特に障子紙のシェアが高かったそうです。



紙すきのやり方も手間がかかるのがわかりますが、紙すきの道具を作るのも専門の職人による驚くほど繊細な手作業であることを勉強しました。

昔は美濃には、紙すき場が3500ヶ所もあったそうですが、今では紙すき職人は7人ほどしかいないようです。



美濃和紙を使った妖怪アートの展示。これが意外によく出来ています。




長良川沿いの紙すき場から少し車で移動して、美濃市中心に近い場所には和紙問屋街の保存地区があります。

この問屋街の家屋の特徴は、写真のように屋根の上にさらに瓦を葺いた仕切りのようになっている構造です。

これを「うだつ」と言い、本来防火壁としての役割として造られたものですが、いつの間にか立派な瓦ぶきにすることで、商家の威厳を示す役割を持ちます。

「うだつの上がらない」という言い回しがありますが、この「うだつ」が由来になっています。



ここの「うだつ」は龍のように湾曲していて素晴らしい。

紙問屋は美濃国の外からも楮(こうぞ)などの和紙の原料を購入し、長良川の水運を利用して先ほどの紙すき場に運び、職人に工賃仕事をさせて、完成した和紙を全国に売りさばいていたわけです。

この豪華な「うだつ」を見ると、紙すき職人さんにちゃんと給金を払っていたのかなぁと考えてしまいます。



ここの旧今井家住宅は商家のなかでも代表格でなかに入って見学できました。ここの「うだつ」も突き出しています。



今井家住宅にあった明治時代のお祭りの写真。子供がうだつの上に座ってお神輿を見ているのが面白い。



近くにあった美濃和紙あかりアート館の作品。