2026年7月31日金曜日

霧ヶ峰

 35度が普通の季節になったので気軽に登れる涼しい高山ということで、霧ヶ峰に行きます。

霧ヶ峰は4年前に中山道歩きで諏訪湖に向けて歩いた時に近くを通り、是非行ってみたいと思っていた山です。エアコンの名前に惹かれたのもあります。

中山道は、北の美ヶ原と霧ヶ峰の間の和田峠を歩いて行きました。

美ヶ原も霧ヶ峰も日本百名山に入っています。霧ヶ峰も美ヶ原も高原一帯を示す地名で、霧ヶ峰の最高峰は車山で1925メートルです



滋賀から車で名神、中央道と走り諏訪湖を越えて白樺湖まで7時間ほどかかりました。

白樺湖はもともと溜め池として造成された人工湖です。標高1400メートルなどで、かなり過ごしやすいです。立派なホテルや遊園地があり、湖面には足漕ぎボートを楽しむ人々で、完全に観光地化されています。

霧ヶ峰にはコンビニがないので、ここでドリンクなどを仕入れます。



白樺湖から霧ヶ峰に登る途中からの景色。左が白樺湖で、後ろに雄大な蓼科山(2531m)が見えます。隠れて見えませんが、蓼科山の右につながっているのが北八ヶ岳。天狗岳に去年登りました



南方面を見ると南八ヶ岳が見えます。雪をかぶっているのが甲斐駒ヶ岳。そのすぐ後ろに北岳があるはずですが、よくわかりません。北岳も去年行きました。去年はよく頑張った。



霧ヶ峰の南側にペンション地区があります。居住用に電気、水道を通した地区なのでしょう。今日の宿は「ECO STAY TOSS」というペンションです。

このあたりで標高1850メートル。冬は-5度になるそうですが、かつては-20度にもなったそうです。今が一年で最も暑い時期ですが、それでも気温は20度くらいです



真面目なオーナー夫妻は車山のガイドもされているようですが、料理もお上手でした。お風呂も小さいながらも循環式で気持ちよく過ごせました。



エアコンをつけずに気持ちよく眠れた翌朝、部屋の窓からは八ヶ岳の景色が。

朝食をいただいて7時半に出発。

近くでオススメの信州そば屋を聞いたら「登美がいい」と教えてくれました。



これが今回のコースマップです。

霧ヶ峰の最高峰の車山と、八島ヶ原湿原をぐるりと周回するコースで、ヤマレコの計画だと4時間だったのですが、奥さんと涼しさを楽しみながら歩いたので6時間かかりました。距離は11km、累積標高400メートルなので、登山というよりハイキングです。

森林限界に近い高原なので、見晴らしの良い道が続きます。車山頂上は広くて眺めもよく天気が良ければ富士山も見ることができる(ハズ)です。しかし、何といっても最高だったのが天然記念物になっている八島ヶ原湿原で、景色が映り込んだ池や色とりどりの高山植物、花、蝶を鑑賞できました。

一方で登山道は特に車山付近はザレ場が多くて歩きやすくはありません。八島ヶ原湿原は自然保護のためにボードウォークが敷設されているので気持ちよく歩けました。



車山肩駐車場に車をとめて、反時計回りに歩き始めます。

有名なニッコウキスゲは見頃は終わっていて、この車山肩以外では見ることができませんでした。ユリそっくりですが、ユリ科ではなくワスレナグサ科。



車山に向かう道で見かけたヤマホタルブクロ。



ノアザミ。



駐車場から1時間足らずで頂上に到着しました。まずは車山神社で登山の安全を祈願。諏訪大社と同じく4本の御柱(おんばしら)が立っています。



頂上は広くて12メートルの気象レーダーがあります。車山気象レーダーは富士山気象レーダーの後継として建てられたとありますが、富士山気象レーダーは老朽化で1999年に運用を終了しているのですね。

茅野市を見下ろす場所に広いウッドデッキが敷かれていてベンチがあったので、ちょっとだらしなく座って休憩。天気は悪くはないのですが、富士山が見えるほど澄んではいません。

6月の東海道歩きでは薩埵峠から富士川まで歩いたのに富士山の片鱗も拝むことができませんでした。やはり湿度の高い夏はダメですね。



頂上で見かけたイブキジャコウソウ。奥さんが先日、伊吹山で見かけたと言ってましたが、伊吹山に多く自生しているらしい。ジャコウ(ムスク)みたいな香りがするということで匂いを嗅いでみましたがよくわかりませんでした。



車山頂上を後にして東方向へ下山します。先に見えるのが白樺湖で直接リフトに乗って頂上まで来ることができます。冬はスキー場に様変わり。



ユウリンカ。鹿の食害もあって絶滅危惧種らしい。



リフトに乗って白樺湖までぐるりと迂回するスキーのゲレンデコースになっている。細長く斜めに突き出した棒状のものは人工降雪機。筆者はスキーをしないのでよく知りませんが、先から水を吹き出して、空中で凍らせて雪にするらしい。



左手に車山湿原があるので、ボードウォークになっています。車山がザレ場が多くて歩きやすくなかったので、快適に歩けてご機嫌な奥さん。



車山頂上から約1時間で、小ピーク的な蝶々深山(ちょうちょうみやま)。1836m。ここから八島ヶ原湿原まで200mほどの下り道になります。



物見岩。こういう景色を見ると、やっぱり八ヶ岳と同じ地質なんだなぁと感じます。



物見岩から八島ヶ原湿原の広大なハート形♡が一望できます。人工物の無い、これだけの広い平野はなかなか見た記憶がない。



11時すぎのコーヒー休憩。おやつは来る途中で買った雷鳥の里。コーヒーとよく合います。お湯はペンションのオーナーに入れてもらいましたが、沸騰したてをサーモスに目一杯いれてくれたので、やはり山をやってる人なんだなと思いました。



マルバダケブキ。「丸葉」+「岳」+「蕗」が合わさった名前ですが、フキではなくキクの種類だそうです。



獣害フェンスの先が八島ヶ原湿原の特別地区となります。歩道もボードウォークが敷設されています。

八島ヶ原湿原の特徴は高層湿原であることで、これは冷涼なために土の分解が進まずに泥炭化して周囲よりも高く盛り上がったような形状をしていることです。高層湿原は尾瀬など何ヶ所かありますが、日本における南限がここです。

雪の結晶のような形状の花はシシウド。漢方薬になるそうです。ちょうど今が見頃だとペンションのオーナーさん弁。



アサマフウロ。浅間山でよく見られるらしい。見頃はこれから9月まで。



湿原のなかにある鎌ヶ池。高層湿原は周囲よりも高いので池の水は雨水のみ。


似た写真ですが、あまりに美しいのでもう一枚。モネに描いてもらいたいような素晴らしい風景です。



ヤナギラン。これもペンションのオーナーおすすめの花。霧ヶ峰を代表する花の一つらしい



マツムシソウ。マツムシ(鈴虫)が鳴く頃の花が名前の由来で、見頃はこれから秋にかけて。留まっているのはセセリチョウ。蝶は羽根を広げ、蛾は閉じて留まるといいますが、これは蝶だそうです。



コオニユリ。時々見かけるオニユリの小型の種。



さきほどの鎌ヶ池とは別の八島ヶ池。池のなかに多くの小島が浮かんでいるように見えるのが名前の由来。

はるか遠く中央左に車山頂上の気象レーダー設備が見えます。あそこから左にぐるりとやってきました。



八島ヶ池の外に駐車場やトイレ、売店があるのでしばし休憩。12時を過ぎて標高1600メートルでもさすがに暑くなってきました。

持参のカップヌードルを食べていると、通りすがりのおばさんが「美味しそうね」と何度も言うので可笑しかった。

休憩を終えて八島ヶ池から再び歩きだすと、カメラを持ったおじさんが小声で教えてくれました。珍しいアサギマダラという名前の蝶が、ヒヨドリバナに留まっています。



キンバイソウ。



これはカキツバタのように見えるけど、筋が黄色いのでハナショウブかな。



再びアサギマダラ。この蝶はヒヨドリソウの蜜が好物のようです。江戸、明治時代は「浅葱色」と言われましたが、よく見ると羽根は白色のようで、うっすらと青味がさしています。

アサギマダラは渡りをする種だそうで、調べてみると、20度程度の気温を求めて、夏は涼しい場所、冬は暖かい場所を交互に移動しているとのこと。遠くは台湾から飛来している個体もあるという。

今、蜜を吸っているこのアサギマダラは、恐らくすぐに交尾して卵を産んで、幼虫はモリモリと葉を食べて成長し、晩秋になる前にサナギから羽化して、南へ飛び立つのでしょう。

先日「ビジュアル図鑑 昆虫 驚異の科学」を読んでいましたが、サナギのなかの幼虫は呼吸する気管を残して体をいったん全部溶かしてから、溶けた物質を全てリサイクルして成虫の体に変身すると書いてありました。信じられません。

でも筆者は畑でハクサイとかで幼虫を見つけたら片っ端から踏みつぶしてしまうんですよね。なんと罪な人間。



八島ヶ原湿原の西側から沢渡を通って車山肩に向かう道は、あまり面白味もないので歩いている人はまばらでした。

6時間近く歩いたので、奥さんが少しヘタレてきたころに、ようやく車山肩に到着。

駐車場のそばにある「ころぼっくるひゅって」は本格コーヒー、厚切りトースト、ビーフシチューが有名らしく、2時を過ぎていましたが長蛇の列でした。

我々は別の売店で、瓶入りの冷たい八ヶ岳牛乳を飲みましたが、すこぶる美味かったです。



せっかく信州まで来たので中央道の飯田ICを下りてしばらくの所にある温泉旅館「よし乃亭」で二泊目にしました。

天竜川沿いにある景色のよい宿でした。水神橋の先が風越山(1533m)。


北に向かって蛇行している天竜川。



翌朝、温泉宿を出発、中央道の代わりに三遠南信(さんえんなんしん)自動車道(E69)を通りました。平成6年に開通した道路で初めて走ります。

途中の天龍峡PAでは、天龍峡大橋の下に「そらさんぽ天龍峡」という愛称の歩道が施設されているというので歩いてみました。

写真の大橋の下の黒い格子状の部分が歩道です。



天龍峡大橋は、天竜川から80メートルの高さがあり、見下ろすとJR飯田線の天竜川橋梁がはるか下に見えます。

天龍峡大橋が出来たのは2019年(令和元年)、下の橋が出来たのは1948年(昭和23年)。トンネルや橋の土木技術は本当に進歩したものだと思います。


ちょうど2両の列車が橋を通りました。


この後は、再び中央自動車道に合流して帰路につきました。

2026年7月18日土曜日

【福井】御嶽山(おたけやま)

 異常気象といわれる昨今、今年は7月初旬まで涼し気な夏で快適だったのですが、7月中旬から猛暑に変わりました。

2026年のワールドカップは寡黙に実力を築き上げたエスパーニャの勝利に終わりました。

今回は若狭湾の山シリーズで、美浜にある御嶽山(おたけやま)に登ります。600m以下の低山なので猛暑でもなんとか登れるだろうという算段です。

御嶽山の中腹の見晴らしのよいところに戦国時代に存在した国吉城跡があるのも見ものです越前朝倉氏の10年にわたる攻勢に耐え抜いた難攻不落の城だと言われています


これが登山ルートです。距離5.4㎞、累積標高570m、時間は休憩30分いれて3時間20分でした。

途中、暑くて大変しんどいので頻繁に休憩を取りましたが、標高が上がってくると日本海からの風もあって随分と楽になりました。


今日は日本海登山のいつもの相棒と一緒です。敦賀から国道を西に進んでいくと向こうに御嶽山が見えてきました。なだらかな尾根の登りやすそうな山です。

この先の国吉城トンネルを抜けると美浜町です。トンネルの名前の通り、これから訪れる国吉城の下を通っています

トンネルがなかった時代は右手の丹後街道の椿峠を越えなければ美浜には行けなかったわけです。中世は国吉城から椿峠を監視して敵の襲来に備えていました。



国道を下りるとすぐに歴史資料館があり、そこの駐車場に停めて登山スタートです。広い駐車場は資料館だけでなく近辺の利用者も駐車OKと書いてあったので登山用でも大丈夫そうです。



資料館手前にあった石仏群。これらは城攻めの朝倉兵に対してぶつけるために、城の上から投げ落としたものを後年拾い集めて供養したものと書かれています。



国吉城歴史資料館。下山後に立ち寄りました。

「難攻不落の国吉城」というキャッチフレーズで紹介されていますが、城を建てたのは若狭国の武田氏で、朝倉軍の10年に渡る侵攻にも耐え抜きました。

隣の敦賀市は中世は越前国で朝倉氏が支配していましたが、美浜から西は若狭国が支配していたので別の国だったのですね。ちょうどここが国境だったわけです

最近、柴裕之さんの「織田信長」を読んだ時に若狭武田氏の存在を知りましたが、甲斐武田氏とは別の家です。

信長の時代に若狭武田氏の内紛で家中の一派が朝倉氏を頼り、別の一派が信長と足利義昭を頼る事態となったので、足利義昭が信長に朝倉攻めを依頼したことが、織田軍と朝倉軍の戦争の発端となったと書かれていました。

しかし朝倉軍が国吉城を攻めたのは織田軍が介入する7年前(1563年)からで、これは越前を支配する朝倉氏による若狭国への侵攻です。



獣害フェンスがありますが、この先も階段が整備されていてとても歩きやすく、ちょっとした散策気分で城跡まで行けます。



二の丸からの眺め。国吉城下町は佐柿と言われました。


本丸跡です。眺めが大変よく監視に最適であり、なるほどここに築城したのも至極もっともなことだと感得しました。



敦賀方面も一望に見渡せます。迫りくる朝倉軍にとっては何も隠すことなど出来ません。

御嶽山の登山はこの場所が頂上よりもずっと景色が良いので、敢えて山に登りたい人(我々!)以外はここで引き返すのも全然アリです。




国吉城跡までの道は非常によく整備されていたのですが、そこから先は普通の登山道になります。



何か所か虎ロープ場があり、砂利場で滑りやすいところはお世話になります。筆者よりも体力がある相棒ですが、普段オフィスワークのせいか今日は少しバテ気味です。



途中にテレビアンテナ設備があり、設備に送電する電柱があります。重機が入ったので歩きやすい道です。



福井テレビとNHKのアンテナ設備がありました。標高400mくらいになるとはっきりと気温が下がったことを感じます。日本海からの風もあって、登り始めとは随分違う。



登り始めて1時間半ほどで頂上に到着。548mの標高ですが、大量に汗をかいたのでもっと高い山と同じくらい疲れた。

頂上からこの先に尾根道がずっと南に滋賀方面へと続いています。



景色を見ながらカレーパンを食べる。頂上からの景色は敦賀方面のみで国吉城跡のほうが開けて見えます。

遠くの高い山は敦賀半島にある西方ヶ岳(760m)です。野坂山地の一部で3年前に登りました



帰り際に気がつきましたが、この場所はひどい土砂崩れの上になっていました。



下山後に立ち寄った資料館のジオラマ。上部の少しハゲているところが国吉城跡で、そこから右上の尾根沿いに登ったところが御嶽山の頂上。



下山後は三方五湖方面へ進み「みかた温泉きららの湯」で汗を流して、すぐ隣にあった「うなぎ食堂吟ちゃん」でうな重を頂きました。

江戸前うなぎや浜名湖のうなぎは太平洋に面していますが、日本海に面した三方五湖には天然うなぎはいないだろうと思っていたら、「口細青鰻(くちぼそあおうなぎ)」という天然種があるそうです。脂の乗りがよくて美味だとか

これは養殖うなぎだと思いますが、疲れた体にうなぎは大変美味しかったです。