今年の夏から各地で気温40度超えの報告が珍しくなくなってきました。
先月の霧ヶ峰に続いて、避暑もかねて夫婦のんびり登山旅で今回は木曽駒ヶ岳に行きます。
木曽駒ヶ岳は中央アルプスの最高峰(2956m)でほとんど3千メートルの高山ですが、ロープウェイがあり、一気に2600mまで登れてしまいます。
木曽山脈の山に登るのは今回が初めてですが、中山道歩きで木曽路を歩いた時はずっと木曽の山々を眺めていました。下の写真は木曽川沿いの阿寺渓谷から眺めた木曽の山々の写真(2024年11月)。
今回ものんびり旅行なので、車で木曽駒ヶ岳の麓にある旅館に前泊します。「ホテルやまぶき」という宿。中央道の駒ヶ根インターから驚くほど近い。
早太郎温泉という名前が付いていて、「早太郎」はこの地の伝説で、村の娘を生贄にする怪物のヒヒを退治した勇敢な犬の名前です。
夕食は岩魚酒を頂きました。焼いた岩魚が一尾まるごと入っていて野趣味を楽しみました。
楽ちん登山の前日なので緊張感がないですね。
翌日、朝食をいただいてから、伊那バスの駒ヶ岳ロープウェイ線に乗車します。
ロープウェイ乗り場まではマイカー規制になっていてバスに乗らないと行けません。我々は旅館の駐車場に車を停めたままバスに乗りましたが、マイカーで来る場合は菅の台バスセンターで駐車してバスに乗り込むことになります。
一車線の道を運転手同士が連絡を取り合いながら時折り離合して約30分、「しらび平」バス停に到着、そこでロープウェイに乗り込みます。時間は9時です。
このロープウェイは高低差950m、到着の千畳敷駅の標高は2612m、いずれも日本一だそうです。
ロープウェイの企画時は、山脈の反対側の木曽路からロープウェイを敷設するつもりだったらしい。地元の大反対にあってこちら側になりました。
ロープウェイを降りた千畳敷駅では、いきなりこの絶景!異世界感がたまりません。
千畳敷駅にはホテルがあり、最初はここに泊ろうと思っていたのですが平日も全部予約で埋まっていました。
千畳敷カールのアップの写真。このえぐれている地形がカール(圏谷)で2万年前の氷河期の時に氷河によって削られて形成されました。
左端の尖った山容が宝剣山ですが、木曽駒ヶ岳の頂上ではありません(20mほど低いだけ)。頂上はあの少し奥にあってここからは見えません。
登山ルートを記します。ロープウェイ駅から最高峰までいって元に戻るだけのルートですが、ロープウェイ駅近くには少し迂回するコースがあり、帰りに通ると、千畳敷カールと剣ヶ池の景色を見ることができました。
距離4km、累積標高470mを約5時間かけてのんびり歩きました。ただ、登山道は基本的に全部ガレ場なので歩きやすくはないです。ほぼ3千メートル級の山の8合目なのでそもそも歩きやすいわけがありません。
ヤマレコの3D表示がわかりやすいです。千畳敷カールの底にロープウェイ駅があり、カールの傾斜を逆行するように登った縁にあるのが乗越浄土。
乗越浄土からさらに奥に進んで一つ目のピークが中岳で、二つ目のピークが駒ヶ岳最高峰というわけです。
ロープウェイ駅から登山口に入るところにある神社に登山の安全を祈ってから後ろの山に向かいます。
ちなみにこの神社から反対の南方向に8時間ほど行くと空木岳(うつぎだけ、2864m)に行けます。
歩き始めると、高山に急に上がってきたせいで息が苦しい。それでも30分ほどで慣れました。
ここからカールに逆行して真っ直ぐ登って行きます。ガレ場ですが整備されているのでロープ場、ハシゴ場はありません。
タカネ(高嶺)トリカブト。
もうすぐお椀(カール)の縁にたどり着きます。
登り始めて約1時間で乗越浄土にたどり着きました。すぐそばに宝剣山荘がありソフトクリームが売っていました。
北の進行方向に見えるのは天狗荘と中岳です。
ここから宝剣岳までは片道20分ほどの距離なので筆者一人でササっと行ってこようかと思ったのですが、かなり険しそうなのでやめときました。
これは下山時に撮った写真。頂上でポーズを決めている人がいます。見ているコッチの足がすくむ。
天狗荘の手前から中岳をながめる。天狗荘は宿泊設備だけで食堂やお土産はさきほどの宝剣山荘だけです。
振り返って東側を見ると伊那前岳(2884m)が見えます。伊那前岳は宝剣岳よりも遠いのですが、尾根道で歩きやすそうなので乗越浄土から片道20分の距離です。

地べたに置いて行儀悪いのですが、おやつタイム。
振り返って東側を見ると伊那前岳(2884m)が見えます。伊那前岳は宝剣岳よりも遠いのですが、尾根道で歩きやすそうなので乗越浄土から片道20分の距離です。

途中で見かけた岩塊。花崗岩なのでしょうが、先の方は細くたわんでいて岩に見えない。
中岳から50mほど下って、再び50mほど登ったところが木曽駒ヶ岳の山頂です。途中にある青い屋根が頂上山荘。こちらは食堂やお土産もあるようです。手前がテント場になっていて、テントもちらほら。
乗越浄土から40分ほどで中岳につきました。
中岳から50mほど下って、再び50mほど登ったところが木曽駒ヶ岳の山頂です。途中にある青い屋根が頂上山荘。こちらは食堂やお土産もあるようです。手前がテント場になっていて、テントもちらほら。
これは宝剣山荘にあった雷鳥の写真です。親鳥とヒナが一緒に写っています。
頂上の駒ヶ岳神社が見えてきました。
中岳から40分ほど、登山開始から2時間15分でようやく頂上に到着。

40分ほど頂上でのんびりしてから下山しました。ロープウェイ駅と千畳敷ホテルが見えています。
ウメバチ(梅鉢)ソウ。
これも高山植物のハクサンボウフウ(白山防風)。「防風」なのは代謝を促す漢方薬の防風に香りが似ているからだそう。
迂回ルートの最後の方に剣ヶ池が出てきて、千畳敷カールと一緒に鑑賞することができます。
14時20分の臨時便のロープウェイに乗って、帰りのバスに乗車しました。ちなみに最終便は17時です。
登山を終えて、翌日、紙すきの町を訪ねる予定なので、岐阜県美濃市に泊ります。地図でいうとこの辺です。駒ヶ根ICから中央道を進み、土岐(とき)ICで東海環状道路に乗り換えて約2時間。
これを見ると、和紙の生産地は全国にあったことがわかります。
頂上の駒ヶ岳神社が見えてきました。
中岳から40分ほど、登山開始から2時間15分でようやく頂上に到着。
頂上はギザギザの宝剣岳とは全く違って広々しています。ただしガスっていて景色が見れません。

駒ヶ岳神社に無事に登れたことに感謝します。
ちょうどお昼になったので、カップラーメンを食べましたが持参したお湯が足りずにスープが塩辛かった。
時折りガスが晴れるも、中岳までしか見えず。
去年、御嶽山に登った時の写真ですが、木曽駒ヶ岳を含む木曽山脈がきれいに見えました(2025年9月)。
こんな風に見えれば良かったのですが、まぁこればっかりは仕様がない。
ウメバチ(梅鉢)ソウ。
これも高山植物のハクサンボウフウ(白山防風)。「防風」なのは代謝を促す漢方薬の防風に香りが似ているからだそう。
鮮やかな赤色の実はナナカマド。これは高山じゃなくても秋の名物ですね。
カールを下りてきたところで、迂回ルートを行きます。見上げるとガリガリ氷河に削られたお鉢の縁があります。
この綿毛みたいなのはチングルマ。初夏は白い5枚の花弁が可憐なのですが、秋にはこのように変身します。でも、名前の由来はこの綿毛姿が稚児をあやす車のおもちゃに似ているから。
迂回ルートの最後の方に剣ヶ池が出てきて、千畳敷カールと一緒に鑑賞することができます。
14時20分の臨時便のロープウェイに乗って、帰りのバスに乗車しました。ちなみに最終便は17時です。
登山を終えて、翌日、紙すきの町を訪ねる予定なので、岐阜県美濃市に泊ります。地図でいうとこの辺です。駒ヶ根ICから中央道を進み、土岐(とき)ICで東海環状道路に乗り換えて約2時間。
美濃は昔の国名です。戦国時代は斎藤道三で有名ですね。美濃国と飛騨国を合わせたのが今の岐阜県の地域です。
マリオットホテル経営のフェアフィールドというホテルに泊まりました。ここは値段が安い割に部屋が広いし清潔で機能的で長期滞在もできそうなホテルでした。さすが世界最大のホテルチェーンだけある。
夕食は近くのお寿司屋さんに出前を注文して部屋でのんびり過ごす。
これを見ると、和紙の生産地は全国にあったことがわかります。
そのなかでも、現在、ユネスコ無形文化遺産に登録されているのが、越前、美濃、島根、埼玉です。4カ所のなかでも最も有名なのが越前と美濃です。
越前に比べて美濃は一般層向けの広まり、特に障子紙のシェアが高かったそうです。
昔は美濃には、紙すき場が3500ヶ所もあったそうですが、今では紙すき職人は7人ほどしかいないようです。
長良川沿いの紙すき場から少し車で移動して、美濃市中心に近い場所には和紙問屋街の保存地区があります。
美濃和紙を使った妖怪アートの展示。これが意外によく出来ています。
長良川沿いの紙すき場から少し車で移動して、美濃市中心に近い場所には和紙問屋街の保存地区があります。
この問屋街の家屋の特徴は、写真のように屋根の上にさらに瓦を葺いた仕切りのようになっている構造です。
これを「うだつ」と言い、本来防火壁としての役割として造られたものですが、いつの間にか立派な瓦ぶきにすることで、商家の威厳を示す役割を持ちます。
「うだつの上がらない」という言い回しがありますが、この「うだつ」が由来になっています。
近くにあった美濃和紙あかりアート館の作品。
ここの「うだつ」は龍のように湾曲していて素晴らしい。
紙問屋は美濃国の外からも楮(こうぞ)などの和紙の原料を購入し、長良川の水運を利用して先ほどの紙すき場に運び、職人に工賃仕事をさせて、完成した和紙を全国に売りさばいていたわけです。
この豪華な「うだつ」を見ると、紙すき職人さんにちゃんと給金を払っていたのかなぁと考えてしまいます。
今井家住宅にあった明治時代のお祭りの写真。子供がうだつの上に座ってお神輿を見ているのが面白い。
近くにあった美濃和紙あかりアート館の作品。




























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