西国街道の新岩国駅から富海宿(とのみ)までの最終日です。2日目はコチラ。
最終日3日目の行程は下図のようになります。最終日は20kmと少なめでもう少し歩けたのですが、富海駅と次の防府駅(ほうふ)までが2時間ほどかかるので無理をせずに切り上げました。春分の日の休日で暖かくなる予報でしたが最後まで寒かったのも切り上げた理由の一つ。
写真の高いビルが宿泊したグリーンリッチホテル。昨夜は手前の目利きの銀次で食事をしましたが、まあまあでした。
今日はホテルが出発地点なので朝7時半からのスタートです。徳山駅は図書館と蔦谷書店が一体化した施設にスタバも併設しているので、本を借りたり買ったりしてスターバックスラテを飲みながらまったりと読書...なんてこともできるそうです。
しかし何故全国に知られている「徳山市」でなく「周南市」にしたのでしょう。周防国(すおう)の南なのでしょうが山口県民以外誰も知らない...
徳山港方面を眺めると朝からモクモクと煙を上げる煙突が見えます。日露戦争の児玉源太郎が徳山出身だったことで、早くから港湾の工業化が進められて周南コンビナートと呼ばれるようになりました。現在は石油化学やソーダ産業が主流のようです。
工業は重要なのはわかるのですが、尾道や宮島で息をのむような瀬戸内の美しさを眺めてきた筆者にはさびしい思いです。街に活気がなくて人口減少が進んでいることと無縁ではないでしょう。
全然街道と関係ないのですが、クルマに見かけないカバーがしてあるのが気になりました。調べてみると、輸入車が船で運ばれるときはこういうカバーがされているようです。走らないといけないのでグリルの吸気口は穴を開けています。
地図で見るとフォルクスワーゲン販売店だったので徳山港から陸上げされたばかりの新車なのでしょう。
富田川を越えるとき水面をみると立派な鯉が泳いでいます。普通の川で鯉は初めて見ました。
紅白の錦鯉みたいなのもいます。
調べてみると、地元の新聞サイトでちょうど2週間前に地元の小学生たちが富田川に鯉を80匹放流したとの記事がありました。
(日刊新周南サイトより)
瀬戸内方面を見るとモクモクしています。鯉が元気でいられる水質を保って下さい。
永源山公園の入り口に貴重なベンチがあったので休憩します。昭和の終わりに誕生した新南陽市が誕生したことを記念してソーダ工業会社が出資して作られた公園だそうです。新南陽市は平成には周南市に合併して消滅。
住民がくつろぎ、ふれあう公園の存在って大事だと思います。今回の旅でベンチで休憩できたのは唯一ここだけでした。
山﨑八幡宮は毎年9月に行われる本山神事が有名で、これは木製の車輪のついた山車を坂の上に引き上げてから転がり落とすという神事です。諏訪大社の御柱祭で大木を坂から落とす神事がありましたが共通するものがあります。
(山口県観光サイトより)
知らない間に福川宿を過ぎてしまいました。面影らしきものがなかったのですが、薩摩の島津家から江戸へ嫁入りに向かう篤姫が泊まったという本陣があったのでちゃんとした宿場だったのでしょう。
夜市(やじ)川にかかる御姫橋。面白い名前なので調べてみるとこの川の西側(左側)を開作したときに徳山藩の姫君のへそくりを使ったという逸話があるのが由来のようです。御姫町なんて名前になったのは平成前後のようですが。
川を渡らず先へ(前方へ)進みます。
山陽本線戸田(へた)駅あたりから70mほどの登り道になります。
登り道で見つけた薄青の花。ハナニラと言うらしい。可愛らしい花ですが名前の通りニラの仲間でニラの匂いがするそうです。
峠の頂上付近にあった西徳山総合グラウンド。今日は春分の日の休日なので、少年たちが野球の試合をしていました。
宮島様と書かれた祠で一休み。案内版によると宮島様と呼ばれている弁財天を祀っているが、実際に祀られているのは恵比寿さんとのこと。
小さな池で亀たちが甲羅干しをしています。小さな池の神様と言えば弁財天なのでそうなってしまったのでしょう。
戸田(へた)の山地のゆるやかな勾配を2号線沿いに登って行きます。山陽自動車道の下を抜けたあたりで脇道に進みます。
この先が標高100mほどの椿峠で2号線と合流します。椿峠の2号線が工事中で歩道がなくて、交通量の多い道路を2回横断せねばならず気をつかいました。こんなところを歩くのは四国街道歩きの物好きぐらいなのでしょうけれど、工事会社もちょっとは考えてもらいたい。
少々冷や汗をかきながら2号線から離れると、美しい富海(とのみ)の海が見えます。
富海の集落に入ってきました。椿峠を過ぎると周南市から防府市(ほうふ)に変わります。
富海宿の本陣の門が保存されています。案内版によると休憩目的を主とした半宿だったと書いてある。半宿は宿泊施設はないはずですが、ここには簡易的な宿泊施設があったとも書いてあります。だから本陣があったのですね。
本陣のすぐそばに「飛船問屋大和屋政助の船蔵」と書かれた場所がある。飛船とは飛脚の船バージョンで、船頭2人で大坂まで文書や人を運んだそうです。
この大和屋政助は幕末の志士たちを助けたので有名で、長州藩の内乱の際、幕府恭順派から追われる高杉晋作の逃亡を助けたり、明治天皇の叔父をかくまったこともあるそうです。それにしてはもっと立派なモニュメントが建っていてもいいのに。
山陽本線の富海駅は岩徳線ほどレアではありませんが、それでも一時間に一本。今日は防府駅まで行けるかな?と迷っていましたが、まだ2時間ほどかかるのでやめにしました。
山陽本線の富海駅は岩徳線ほどレアではありませんが、それでも一時間に一本。今日は防府駅まで行けるかな?と迷っていましたが、まだ2時間ほどかかるのでやめにしました。
それで富海駅に行ってみると列車が出た2分後でした。1時間どうして過ごそうかと思い人家の隙間を抜けると美しい浜辺が!電車を乗り過ごして正解でした。
今回の旅で初めて見た自然の砂浜でした。海水浴場になっています。いささか食傷気味のカップ麺でランチにしながら絶景を楽しんで電車を待ちます。
今回の旅で初めて見た自然の砂浜でした。海水浴場になっています。いささか食傷気味のカップ麺でランチにしながら絶景を楽しんで電車を待ちます。
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