2025年9月16日火曜日

御嶽山

 今年は去年に増して猛暑日の連続でした。街道歩きも低山登山も暑すぎて無理なので、今回も涼しい高山を登ります。

御嶽山は中山道歩きのなかでも木曽路のシンボル的な霊山であり、街道沿いに遥拝所がありました。

写真は12月に奈良井宿の西の鳥居峠にある御嶽山遥拝所から見た御嶽山ですが、この時(2023年)にはこの山に登れるとは考えてもいませんでした。


あらためて御嶽山の位置を確認してみます。中山道の木曽路から意外に離れていて、北アルプスの乗鞍岳と大体等距離なのがわかります。



中山道の福島宿(JR木曽福島駅)から見ると御嶽山から王滝川を通って木曽川に流れ込んでいるのがわかります。鳥居峠の遥拝所はすこし北東ですが、大体同じ景観です。

アンコールワットを思わせるような大伽藍に似た山容が、この山を特別な霊山としてきたのでしょうね。木曽福島には御嶽教という御嶽信仰の教団が現存していて今でも信者が3万人くらいいるそうです。


さらにクローズアップすると、最高地点の剣ヶ峰の両脇に継母山、摩利支天山、継子岳といったピークがあります。「ままはは」「ままこ」は平安時代の公家の子とその継母の伝説が由来で、摩利支天(まりしてん)は古代インド由来の神様です。



今回の登山ルートです。ロープウェイに乗って一気に2120mまで標高をかせいでから山頂(3067m)との往復になります。多分、最も簡単に頂上を踏んで戻ってこられるルートだと思います。

時間にして5時間40分、距離8km、累積標高1040mでした。大変人気のある山だけあって登山道はとてもよく整備されています。ガレ場も多いですがハシゴ、クサリ場もなく、手をつかわないと登れない箇所もありません。

大反省なのですが筆者は御嶽山が約10年前に噴火して58人の方が亡くなった山(加えて行方不明者5人)だと知らずに登りました。ヘルメットを持参すべきでした。(努力義務扱いになっています)。最大速度マッハ1で大きいもので数10cm以上の噴石が飛んできたらしいのでヘルメットをしていても劇的には変わらないとは思いますが、少なくとも無数の小石レベルからは頭を守ってくれそうです。



9月15日の連休明けの平日に自宅から珍しく愛車を5時間ほど飛ばして「木曽三河屋」に前泊しました。温泉付きで手軽な価格で清潔で食事も美味しく大変よかったです。インバウンド客に大人気の木曽路なのでお客の9割は外国人でした。

9月16日朝はロープウェイの営業開始が8時30分なので6時半の朝食をゆっくり採ってからのんびり車を走らせました。県道から御岳ブルーラインを通って約1時間ほどでロープウェイの駐車場に到着です。

繁忙期は7時半から営業をしていて駐車場もいっぱいになるようですが、さすがに連休明けだけあって広々としています。



おんたけロープウェイ乗り場のお花畑から見える御嶽山。



トイレがびっくりするほどきれいでした。



乗り場にあったパンフレットを見てはじめて噴火のリスクと入山規制があることを知る。剣ヶ峰山頂の南西のオレンジのエリアが火口になっていて、2014年の噴火とその前の1979年の噴火もこのあたりから噴火しました。

オレンジエリアの外側の実線エリアは火口から500mの領域でこのエリアの八丁ダルミと言われるルートが2014年の噴火で最も犠牲者が多かった場所ですが、登山時には緩和されていました。筆者は八丁ダルミを通らずに頂上に進むルートです。



ここのロープウェイは6人乗りのゴンドラが常に動いているタイプなので待ち時間なくすぐに乗れます。平日で登山客も少なかったので一人だけでゴンドラに乗り込みました。定刻通り8時30分。



乗車時間は約15分。標高1570mから一気に2170mまで連れて行ってくれます。



山頂駅に到着。快晴の青空に御嶽山の頂が見えています。



山頂(剣ヶ峰)に向かって右手に継子岳(ままこだけ)が見えています。



東方向を見ると木曽路の上に浮かぶ雲海から木曽山脈(中央アルプス)の巨人たちが列をなしています。



少し歩くと行場山荘に出てきます。朝はまだオープンしていませんでした。まだ休むには早すぎるからですかね。帰りは人で賑わっていました。

行場山荘の名前の由来は今回のルートである黒沢口からの登山道を整備した覚明行者(かくめいぎょうじゃ)に由来しています。江戸時代、享保年間の人ですが、この行者さんのおかげで御嶽山信仰の登山が一気に広まったそうです。



登山口から8合目までは木立の中を進みます。よく整備されていて歩きやすい。



1時間ほど歩いて8合目の女人堂に到着。ここで御嶽山山頂の展望が一気に開けるので思わず声が出ます。ここから上は神域なので、履いていたわらじを履き替えて杖を清めてから進んだと書いてあります。名前の通り、ここから先は女人禁制でした。ここまで来て引き返さないといけないとは辛いですね。女人禁制だったのは明治初期までだったようですが。



ナナカマドの赤い実が美しい。



ここから神域だけあって、多数の神様たちが祀られています。




北方向を眺めると乗鞍岳を先頭に北アルプスの山々が展望できます。



8合目から先はガレ場の登りです。



女人堂から5分ほど登ったところにある金剛堂。




金剛堂からの景色が良い。左の北アルプスから右は上信越の山々。



東方向中央に八ヶ岳を望む。



上の写真、木曽山脈(中央アルプス)、八ヶ岳、南アルプスが重なっているので目を凝らして区別してみました。




左上に9合目付近にある石室(いしむろ)山荘が見えてきました。緑のロープの間を進むのですが、ここの登りが今回一番キツかった。でも八ヶ岳みたいな手でよじ登るような箇所は全くありません。



登り始めて約2時間、石室山荘に到着。よくこんな岩場に立派な山荘を作ったなと思う。もちろん宿泊もできます。



石室山荘わきのガレ場を進みます。



9合目と頂上の間にある覚明堂。最初にでてきましたが、黒沢口ルートを開発してくれた江戸時代の行者さんです。いろいろ山に登ってきましたがこれだけ祠と神像が物量的に存在している山はいまのところ御嶽山だけです。



黒沢口十字路。右奥にあるのが二ノ池で、そっち方向に行くと摩利支天山を経由して継子岳のほうへ進みます。御嶽山には一ノ池から五ノ池までありすべてが火口湖です。



頂上へ向かう立派な石段の手前にあるのがコンクリート製の頑丈そうな避難シェルターです。この避難シェルターのあった場所は、2014年の噴火時点では御嶽山頂山荘になっていて頂上付近にいた多くの人たちが逃げ込みましたが、数10cmの噴石で穴だらけになりました。

2014年の噴火の時は気象庁の噴火予報情報は5段階中の最低レベル1だったので、9月の登山日和で大勢の登山客が訪れ、しかもお昼の11時52分に噴火したので山頂付近には250名以上の登山客がお弁当を食べたりしていました。本当に最悪のタイミングです

迫撃砲のように飛んでくる噴石だけなく100度の硫化水素を含んだ水蒸気とタオルの生地をすり抜けるほど細かい火山灰が次々と流れ込んできたそうです。



ちなみに今年(2025年)の1月にはレベル2に引き上げられ5月になって1に戻っています。噴火予報レベルを上げると登山客の減少でロープウェイをはじめ地元の産業への打撃が大きいでしょうね。難しいところです。

2014年の被害者の遺族の一部は国と長野県を相手に裁判を起こしてまだ継続中のようです。原発などと違って火山は人間が作ったものではないので、どこまで責任を問えるのでしょうか。



さて、いよいよこの階段をのぼれば剣ヶ峰山頂です!



御嶽神社の頂上奥社です。無事に登れたことを感謝して手を合わせます。



頂上はこんな感じ。ロープウェイ山頂駅から約3時間でたどり着きました。累積標高1000mなのでまだ少し余裕がある感じでした。



頂上横にある一ノ池。ほぼ涸れているそうです。頂上から見ていた時は、ここが2014年噴火の火口だと思っていました。考えてみればたった十年でこんなに平坦なだらかになるはずはない。



ちょっとお腹の調子が悪かったのでオールレーズンだけかじって記念写真を撮ってもらいました。3千メートル超の9月半ばなので厚めのジャケットを持ってきましたが、パタゴニアの一番薄いTシャツで十分でした。



頂上から下りる際に王滝口ルート方面を撮った写真の右側にえぐれた地形が写っていますが、これが地獄谷火口です。左の道沿いの建物が王滝口の奥社と避難施設です。



GoogleEarthで調べてみると地獄谷火口がえぐれている様子がよくわかります。上の写真はえぐれた火口の端の部分しか見えませんが全体を見ると地中マグマの深淵につながっている感があります。



広角モードで一ノ池を撮った写真。左のえぐれているところが火口です。



頂上で20分ほど景色を楽しんでから12時過ぎに下山開始して9合目の石室山荘で名物のお汁粉をいただきました。お餅をプックラと焼いてくれていて大変美味しかったです。

登山道が歩きやすいので2時間ほどで下山できました。ロープウェイでクルマにたどり着き、帰りに木曽福島から少し行ったところの「せせらぎの湯」で体をすっきりさせてから帰路につきました。









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