2018年2月10日土曜日

高宮宿~武佐宿

中山道歩きもずいぶん京都に近くなってきたので、行きやすい。
新快速で彦根で下車、近江鉄道に乗り換えて高宮駅に到着です。

写真は高宮駅の出口に行くための踏切。ローカル線って、降りるときにボタンを押さないとドアが開かなかったり、最初から一部のドアしか開かなかったりするから、ものすごく焦ります。間違って乗り過ごしてしまったら一時間以上時間をロスしてしまう。


中山道沿いに歩きはじめます。こういう家屋を見ると、街道にきたな、と実感します。


「西村九蔵薬房」とある。しかも略して「西九」。まだ営業しているかな?


高宮神社。


現役で営業されている提灯屋さん。


巨大なコンクリートの高宮鳥居。


そういえば、「ひこにゃん」の彦根を歩いているのでした。


円照寺。


この円照寺には、1615年大坂夏の陣に向かう徳川家康が腰かけたと言われる石があるそうなので、入ってみたのですがそれらしい石はどこにも見当たりません。


あとでネットで調べて見ると松の木の根元にあったようです。上の写真の右上の松かな?
これはなかなか見つかりませんよ、ちゃんと案内板とか置いてくれないと。


無賃橋を歩き犬上川を渡ります。雪景色が美しい。鈴鹿山脈の水が琵琶湖に注ぎ込むのです。西は比良山系からの水が流れてくるし、巨大な湖ができるはずです。



産の宮(うぶのみや)。足利尊氏の子、足利義詮(よしあきら)が大垣平定後、京へ帰る途中に同行した妻が産気づいた。せっかく男子を出産したにもかかわらずすぐに亡くなってしまい、悲しみにくれた母は、髪をおろして尼となり君子を弔いながらこの地で籠造りをして生計をたてたという。


松並木。そこそこ残っているので当時をしのぶことができます。



伊藤忠商事の創設者、伊藤忠兵衛は高宮の行商人だったのです。


こちらは忠兵衛の記念館。無料で見させてくれるみたいで入ろうとすると、住所と名前を記名して下さいと普通に言われるので、「書きたくない」というと、こわい顔をして「入れません」と言われた。プライバシーとかをどう考えているのだろう。名簿業者に売ってるんではないか?


コーラのブリキ(?)大きな看板が古い家屋に意外とあう。



歌詰橋。エピソードが笑える。



愛知川宿に到達。愛知県の愛知って愛知川だったのですね。でも読みは「えちがわ」です。


昔、おばあちゃんが使っていた足踏み式のシンガーミシン。


愛知川は以前は、恵智川といったそうです。









「左いせ」「右京道」と書いてあります。


清水鼻の名水。前回の居醒とともに湖東三大名水の一つだそう。水をすくいにくいのと、寒いのであまり飲みませんでした。



子供が作ったのでしょう。かまくら。



泡子地蔵。この逸話はどういう人生の教訓を諭してくれているのでしょうか。村井藤斎の妹からすると、とんでもない悲しい結末なのですが。



武佐神社。



武佐宿に到着。


近江鉄道の武佐駅から帰れたのですが、もう少しがんばって歩こうと思い進みます。これは日野川の土手沿いの道です。


日が陰ってきました。冬は一日が短い。


西横関で今日の中山道は終わりにします。ここからJRの篠原駅まで20分以上あるのですが。


夕焼けに近江富士として有名な三上山が見えます。


新幹線の高架下を通ります。ものすごいスピードで走ります。


赤い色を深めた近江富士。美しいです。


JR篠原駅に到着。なかなかモダンなデザインです。本日は35000歩でした。


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